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馬毛島写真展開催、本日より屋久島にて - 2012.03.17 Sat

馬毛島写真展



翻弄され続ける宝の島 馬毛島の歴史

 種子島の西12キロ、屋久島の北およそ40キロに位置する馬毛島は、黒潮の恵みを受けた豊かな漁場として、あるいは種子島家家臣の猟場として、さらには、磯もん採りで過ごす人々の憩いの場や子供たちの環境学習のフィールドとして、長く熊毛の奥座敷的な存在でした。そこには、ウミガメや巨大なヤドカリ、数種類のメダカ、そしてアカショウビンやヒバリなど400種以上の野鳥が集い、固有種とされるマゲシカが駆け回るまさに「宝の島」でもありました。
 この馬毛島に本格的に人が住み始め集落が生まれたのは戦後になってからです。人口増加の受け皿として、また食糧生産源として、日本政府が開拓を奨励した結果、最盛期には528名(113世帯)の人々が暮らしを営む島になりました。小中学校もでき、人々は主に稲作やサトウキビの栽培、トビウオをはじめとする漁業、薬草や海藻を採取して生計を立てていました。
 しかし、1960年代になると、国は方針を覆し、とりわけ米の生産量を削減。1970年代には、投資家が徐々に土地を買い上げ、住民は次々と土地を手放すことになり、1980年には島の学校も閉鎖され、馬毛島は無人島となりました。
 その無人化した島をめがけて、次々と開発の青写真が構想、導入されては消えていきました。観光開発(「馬毛島海洋レジャーランド」)、自衛隊のレーダー基地(1983年)、石油備蓄基地(1984年)、核燃料中間貯蔵施設(1999年頃)、日本版スペースシャトル「ホープ」の着陸地(1990年後半から2008年)・・・そして米軍艦載機FCLP離発着基地(2011年~)。
それは、まるでこの島が多くの投機的投資の対象とされ捨て去られ、行方も定まらないままに翻弄され続けた無情の時の流れとも言えます。そして今、新たに軍事利用へと舵をとられようとしています。
 所有権が(99%以上)が一開発会社に集中した結果、行政や研究者、ジャーナリストが調査を希望しても、その扉は堅く閉ざされたままという状態が続いています。いつの間にか、10年前には441ヘクタール存在していた緑豊かな森が10分の4まで縮小され、そこに悲しみの十字架のように長い2本の滑走路が交差しているのが現状です。
 かつてこの島には、トビウオ漁やサトウキビ栽培に励む漁師や農民の姿があり、磯もん採りに夢中になる子供たちの笑顔がはじけていた時代があったこと。それが、そう遠くない頃のことであったこと。この島に住んでいた人々の歴史を私たちは忘れてはいけないと思います。
 この写真展は、種子島鉄砲館を始め、種子島在住の多くの方のご協力によって開催することができました。ここに改めてお礼を申し上げます。

馬毛島の軍事施設化を許さない屋久島の会


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